ジョルジュ・ネラン神父の非公式サイト

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『日記にあつたいくつかのメモ』

< 宣教について >

キリスト教の衰退に直面して、解決法は、キリスト教徒の間で頻繁に交わることでしょう。
友情をキリスト者の過程で一緒に食事をすることで深まるべきです。これは、彼らがイエス・キリストのうちに兄弟であることを示すために必要な事です。会話は彼らを兄弟にするもの、つまりイエス・キリストを中心に展開しなければなりません。そして、それゆえに、それをキリスト教徒でない人にどのように提供するか、どのように宣教すればいいということで話さなければなりません。」(2008.10.23)

「私の願いの実現は厳密には不可能だ」(2010.3.4)

< 教会について >

教会は民主主義です。これは、公会議が教会を「神の民」と定義したときに宣言したものです。自由・平等・博愛は純粋なキリスト教です。
民主主義には本質的なものが2つあります。
1.指導者の選挙。
2.リーダーの権限は時間的に限られること
も重要なります。(2006.5.8)

< 司祭職について >

一般信徒は一般の人を改心させるべきです。司祭の独身は間違いなく強い印です。
しかし、彼は未婚で社会の中に責任がないため、キリスト教徒でない人との対話には適していません彼は宣教に向いていません。任務に向いていません。
司祭の不足に対して、解決策は明白です。男性であろうと女性であろうと、既婚者であろうと未婚者であろうと、ミサを捧げる権利を与えることです。すべてのキリスト教徒には洗礼を授ける資格があります。なぜ彼にはミサを捧げる権利がないのですか(2010.7.2)
女性に司祭職を拒む理由はありません(2005.26.2)

< バチカンと第ニバチカン公会議について >

第二公会議に大きな期待を寄せていた人もいましたそれは、何人かの司教が、現代の世界に合う改革された教会を望んでいたからです。しかし、これらの希望は、時代遅れの教皇(ヨハネ・パウロ2世とペネデイクト16世)の2人の時代遅れの教皇によつて裏切られました。
バチカンは全体主義的で警察組織です。微妙な逸脱を許容できません。ヨハネ・パウロ2世は巧みに、またペネデイクト14世は不器用に、バチカン第ニヴァチカン公会議を全滅させました。さらに悪いことに、この二人の教皇は、神学、宣教、規律において、すべての推進力を止めてしまつたのです。
ヨハネ・パウロ2世は2005年4月2日に死去。26年間の専制政治が終わりを告げました。彼は自分を超人的(超人間的)、無謬(自分が間違うはずはないと思った)だと信じていた。自分がキリストの代理者だと思つていました。教皇の役を演じました(2005.4.12)
バチカン支配の秘密は、司教の任命であります。バチカンは、ほぼすべての司教を絶対的な基準で任命します。彼らは『いつも賛成、賛成』」でなければなりません。偶然にも、反抗した者がいれば、すぐに排除されます。

教会は神の民"である以上、民主主義体制は当たり前のように思えます。民主主義がどの制度よりも、必ずしも優れているわけではありませんいが、それは現代の考え方に要件なものです。バチカン絶対主義は、教会の中で破裂、つまり西方教会の大分離よりも痛みを伴う分製を引き起こす可能性があります。バチカンの「ひどく」啓蒙された専制政治から我々を救い出せるのは誰でしようか。よく組織化された信徒の集団か。義務を意識した一人以上の司教か。突然改心した枢機卿か。答えは聖霊の秘密です。

< 第9条について >

憲法9条は異常で予言的なものです。日本は戦争と武力行使を放棄して、永遠に紛争を解決しようとしています。もし日本が唯一の原爆被害者であることを主張しながら、この立場をはつきりと宣言していたら、国連での地位を得に違いありません例えば、アフリカの紛争の解決に貢献したでしよう。それが平和への決定的な一歩となり、日本の栄光となったことでしよう。残念なことに政治家は憲法9条を恥ずべき重荷としてこのものを受け取りました。帝国主義と軍国主義の日本を夢見ていました。60年が過ぎました。遅すぎます。変えようが変えまいが、9条はもうどうでもいいです。唯一無二のチャンスがなくなってしまった。(2006)

[本文は、サム会の本部でみつかりました。「未公開の日記」でフランス語でかかれています。今回アンリ神父が一部を訳してくださいました。「本文はかなり解りずらい」]

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