宣教の中核は生き甲斐
一般の信者が宣教活動をする際、何をテーマに話をしたらよいのだろう。私は生き甲斐について問いかけることだと考える。なぜか。宗教とか救いの話ではなく生き甲斐の話にすると、人びとは興味を抱き、話に乗ってくるはずだ。生き甲斐と言えば趣味も入るし、人生の生き方も入り、話の範囲は広がってくる。
重要なのは「あなたにとっての生き甲斐は何ですか」と聞くことだ。生き甲斐は何かと訪ねられると、聞かれた人は答えようと思えば、自分にとっての生き甲斐は何だろうと、真剣に自分のこれまでの人生を振り返るに違いない。生き甲斐とは人びとにとって千差万別である。かつてイザヤ・ベンダサンが『日本人とユダヤ人』という本で書いているが、多くの日本人にとっての生き甲斐は、自分のことよりも家族の幸せ、国家や会社の繁栄をあげるかもしれない。
成功する、出世すること。すると会社についてどう思うか。不況のなかで会社がつぶれたらどうなるか。家族が生き甲斐だという人がいたら、夫や子どもが抱える問題について話が展開していくかもしれない。絵を描くことに生き甲斐を見出している人とは美についてどう考えるべきかといった話になるかもしれない。
Gネラン(2010). 福音宣教 10月号他